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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)327号 判決

原告

武田広文

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告は原告に対し、金六二七万円とこれに対する昭和六一年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  交通事故の発生

原告は、昭和五三年七月一二日午前六時二分ころ、神戸市中央区(当時の区名・葺合区)大日通六丁目一番一号市道西谷線交差点において、自転車を運転して東進中、訴外甲南交通株式会社(以下「甲南交通」という。)が運行の用に供し、訴外濱田守雄が運転する南進中の普通乗用自動車(神戸五五い三五三。以下「加害車両」という。)に衝突された(以下「本件事故」という。)

2  受傷・治療経過及び後遺症

(一) 原告は、本件事故により受傷し、昭和五三年七月一二日に神戸市立中央市民病院に通院し、同月一四日から同年八月二一日まで佐古外科に通院(実治療日数一一日)、同月三一日から昭和六一年二月二八日まで神戸労災病院に入・通院(入院期間昭和五七年六月二八日から同年八月二九日までの六六日間。実通院日数は一一二六日間)して治療を受けた。

(二) 本件事故による傷害は、昭和六一年二月二八日、次の後遺障害を残して、症状固定したところ、右後遺障害(以下[本件後遺症」という。)は、自賠法施行令別表第七級四号(後遺症保険金額金八三六万円)に該当する。

両手指のしびれ感(特に尺骨神経領域)、両大腿より下腿のしびれ感、耳鳴り、めまい、両手尺骨神経領域の知覚障害、両上肢の腱反射昂進・ホフマン反射陽性、両下肢腱反射昂進、第四、第五、第六頸椎の塊状相形感あり、頸椎の機能障害(前屈三〇度、後屈三〇度、倒屈三〇度。いずれも自動)

なお、本件事故は、原告の通勤途上の労働災害事故でもあるところ、神戸東労働基準監督署長は、昭和六一年八月一四日、原告の障害等級を労災保険法の障害等級表第七級三号(自賠法施行令別表第七級四号に相当する。)と認定した。

3  自動車損害賠償責任保険契約

甲南交通は、本件事故当時、加害車両につき、被告との間で自動車損害賠償責任保険契約を締結していたところ、甲南交通は、本件事故につき、保有者として自賠法三条の責任がある。

4  原告は、被告に対し、本件後遺症について、自賠法施行令別表第七級に該当するとして、その自賠責後遺症保険金八三六万円の支払請求をしたが、被告は、第一二級一二号に該当するとして金二〇九万円の支払をしたのみで、残額六二七万円の支払をしない。

よつて、原告は被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、後遺症保険金として、金六二七万円とこれに対する支払請求の日の後である昭和六一年四月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

請求原因1、2(一)、3、4の各事実はいずれも認める。同2(二)の事実中、原告主張の後遺症が自賠法施行令別表第七級四号に該当するものであることは否認し、その余の事実は不知。

三  被告の主張

1  原告の事故歴

(一) 昭和五〇年二月発生の事故(以下「第一事故」という。)

原告は歩行中後方からきた車に衝突され転倒し、昭和五二年二月まで神戸労災病院で治療を受けた。

(二) 本件事故(第二事故)

本件事故で原告は神戸市立中央市民病院で腰部打撲傷と診断されている。

(三) 昭和五九年四月七日発生の事故(以下「第三事故」という。)

原告がバスに乗車した後、座席に座ろうとした際、バスが動き出して後に倒れ腰を打つたとする事故。

この事故により原告は昭和五九年四月七日から同年一〇月三〇日まで神戸労災病院で治療を受けたが、右事故について、昭和五九年一一月一〇日、原告は神戸市交通局との間で、治療費のほか金六六万六六〇〇円を受領する旨の示談をなし、後遺症については、昭和五九年一〇月三〇日症状固定したとして自賠責保険会社(同和火災)に被害者請求し、自賠法施行令別表第一四級一〇号との認定を受け、後遺症保険金七五万円を受領した。

2  原告の治療歴

(一) 原告は、第一事故による傷害の治療として、頸部の治療を受けた。

(二) 本件事故による傷害の治療として、原告が昭和五三年七月一二日神戸市立中央市民病院で診察を受けた際、原告には、既往症として、腰椎すべり症と頸椎骨軟骨症が存在する旨の診断がなされた。ところが、同月一四日から通院した佐古外科の診断名は頸部挫傷、頭部打撲傷となつている。

(三) 原告が、労災給付を受ける際に提出した神戸労災病院作成の診断書には受傷年月日が昭和五〇年二月と記載されている。

3  甲南交通と訴訟

(一) 本件事故につき、原告は甲南交通を被告として、昭和五九年一一月一三日、損害賠償請求訴訟(神戸地方裁判所昭和五九年(ワ)第一六〇八号)を提起し、原告は本件事故による傷病名及び症状として、腰部打撲傷・腰椎すべり症・頸椎骨軟骨症(以上、神戸市立中央市民病院作成の診断書によるもの)・頸部挫傷・頭部打撲(以上、佐古外科作成の診断書によるもの)、頸椎捻挫、両上肢・両手指のしびれ感・めまい・両側尺骨神経位域の知覚鈍麻・両上肢膝蓋腱反射昂進・左二頭筋腱反射昂進・第四・第五・第六頸椎椎体の塊状相形成等(以上、神戸労災病院作成の診断書によるもの)を主張した。

(二) これに対し、甲南交通は、時効、過失相殺の各主張、事故が軽微であつて、原告には既往症があつたから本件事故と原告主張の症状との間には因果関係がない旨の主張をした。

(三) 昭和六〇年一一月六日、原告・甲南交通間に、「〈1〉甲南交通は原告に対し既払金を除き金八〇万円を支払う。〈2〉原告はその余の請求を放棄する。〈3〉右のほか原告・甲南交通間には債権債務のないことを確認する。〈4〉訴訟費用は各自弁とする。」旨の訴訟上の和解が成立した。

右訴訟提起から右和解成立に至るまで、原告が第三事故に遭遇して示談が成立し、後遺障害保険金を受領していることは、甲南交通は全く知らされていなかつた。

4  後遺障害被害者請求

原告は、昭和六一年二月二八日、本件事故による後遺症状が固定したとして、被告に対し、初診時の傷病名を頸部挫傷として被害者請求した。被告は、神戸調査事務所に後遺障害等級認定の調査依頼をしたうえで、昭和六一年四月八日、X線上頸椎体に若干異常が認められるので、右を「頑固な神経症状(自賠法施行令別表第一二級一二号)」と認定し、原告には第三事故によりすでに一四級の七五万円の後遺症保険金が支払われているが、右は腰部打撲傷による局部の神経症状との認定であるから、別部位と判断し、七五万円を控除することなく、原告に対し、第一二級の後遺症保険金二〇九万円満額を支払つた。

5  結論

原告には、第一事故による頸部の受傷歴があること、本件事故による初診時の診断名が腰部打撲傷であつたこと、初診当時、腰椎分離すべり症と頸椎軟骨症の既往症が指摘されていること、第三事故が発生し、その後遺症保険金を取得していることなど、本件事故に起因する症状の内容とその程度の認定は非常に困難である。このように、本件事故と因果関係のある後遺症の認定の困難な本件事案について被告がなした自賠法施行令別表第一二級一四号との認定は相当であるから、原告の主張は理由がない。

四  原告(被告の主張に対する認否)

1  被告の主張1の事実中、原告が第一事故の治療を昭和五二年二月まで受けていたことは不知、その余の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

3  同3の事実は認める。ただし、被告主張の和解は、原告が自賠責保険に後遺症保険金の請求をすることを妨げるものではない旨の了解があつた。

4  同4の事実は認める。

5  同5は争う。原告の第一事故による傷害の程度は軽微で、本件事故当時は、すでにその影響は全くなく仕事に従事していたし、第三事故は被告が主張するように別部位に関する傷害であつたから、原告主張の後遺症は本件事故によるものであることは明白である。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)、同2(一)(受傷及び治療経過)、同3(自賠責保険契約及び甲南交通の自賠法責任原因事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件訴訟の主要な争点、すなわち本件事故と相当因果関係のある後遺症状がいかなるものであり、それが自賠法施行令別表第何級に該当する程度のものであるのかについて、その判断に必要な限度で、本件事故及び負傷状況、その治療経過その他の事実について、まず検討する。

1  本件事故、受傷及び受傷直後の治療状況

いずれも成立に争いのない乙第一号証の六、乙第四、第一〇、第一一号証によれば、本件事故は、交差点において、加害車両の右前側部と原告が運転する足踏み式自転車の前輪とが、出合い頭に接触・衝突した事故であつて、衝突直前に両車両ともにほぼ停止状態にあつたこと、原告の自転車は右接触・衝突により原告の進行方向に向かつて右側に倒れ、同時に、原告は自転車から左後ろに倒れ、左腰から路面に転倒し、後頭部を打撲したこと、原告は救急車で神戸市立中央市民病院に搬送され、同病院の医師の診察を受けたが、その救急外来患者診療録(乙第四号証)の記載によると、「病名 腰部打撲症 原告の状態 左腰部・後頭部痛、両手指のしびれ感があり、一時意識はもうろうとしていたが、意識消失、悪心、おう吐、視力障害、下肢のしびれ感、疼痛、知覚障害はいずれもなく、握力は正常で左右差もない。」旨であり、同病院医師作成の昭和五三年一二月二二日付診断書(乙第一号証の六)の記載によると、「〈1〉腰部打撲症〈2〉腰椎四番五番腰椎分離すべり症〈3〉頸椎骨軟骨症。〈1〉は昭和五三年七月一二日受傷」旨であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  その後の治療状況

前記乙第一一号証、いずれも成立に争いのない甲第六、第八号証、乙第一号証の八、乙第二号証の二、四、乙第五号証、乙第六号証の一ないし五、乙第一七号証、証人横山良樹の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、その後、昭和五三年七月一四日から同年八月二一日まで(実通院日数一一日)佐古外科に「頸部挫傷、頭部打撲傷」の病名で、同年八月三一日から昭和五四年二月八日まで(実治療日数八九日)神戸労災病院に「頸椎捻挫」の病名で、各通院して、牽引・ホツトパツク・電気治療等の治療を受けた。昭和五三年一一月七日付佐古外科の佐古一穂医師作成の診断書(乙第一号証の八)には病名以外に特段の記載はない。昭和五三年一一月一八日付神戸労災病院医師荒堀弥須男医師(以下「荒堀医師」という。)作成の診断書(乙第二号証の二)には、「左頸部筋痛・両上肢しびれ感を訴える」旨、昭和五四年二月八日付同医師作成の診断書(乙第二号証の四)には、「項頸部から右上肢への疼痛」旨の記載がある。

(二)  その後、原告は、昭和五四年二月八日から昭和五七年六月ころまで神戸労災病院に「頸部捻挫」の病名で通院したが、次第に症状が悪化した。昭和五五年二月七日付荒堀医師作成の診断書(甲第六号証)には要旨、「頭痛・耳鳴り・頸部から右上肢へかけての疼痛・歩行時の左下肢痛の訴えあり。頸部神経根部圧痛+、同腕神経叢左圧痛+、同両上肢病的反射+、同尺骨神経領域知覚鈍麻あり、両下肢膝蓋腱反射昂進の他覚的所見あり。頸椎四番五番脊椎管前後径の狭少化あり(昭和五四年一二月六日X線所見)。さらに悪化すれば手術の必要もある。」旨、昭和五六年一月一四日付診断書(乙第六号証の二)、には、右と同旨のほか「根治的には手術を要す。」旨、昭和五七年一月二六日付診断書(乙第六号証の三)には「自覚的には悪化している。他覚的所見は昨年度と同様である。観血的手術をすれば寛解の見込みはあるが、本人の同意が得られない。保存的加療施行以外方法はない。」旨の各所見の記載がある。

(三)  昭和五七年四月ころから、原告は一〇〇メートル歩行で足がつつぱるような状態となつたため、医師から勧められていた外科手術をすることに同意し、同年六月二八日から同年八月二九日まで神戸労災病院に入院し、同年七月一二日、同病院で頸椎前方固定術(側頸部に皮切を加えて頸椎前方に到着し、当該椎間板を摘出し、椎体後縁の骨隆起部を切除したうえで椎間腔を上下に広げ、ここに腸骨片を移植して上・下椎体を癒着固定させる方法。甲第五号証による。)を受けた。

3  自賠責後遺症診断書及び労災認定

請求原因4の事実、被告の主張4の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右当事者間に争いがない事実にいずれも成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、甲第二号証の一、二、甲第三号証、乙第八号証の一ないし九を総合すると、次の事実が認められ、その認定に反する証拠はない。

(一)  右手術後も、原告の耳鳴り・めまい・歩行時の左下肢痛等の従前の症状(主たるそれは四肢疼性不全麻痺)はほとんど変わらず、原告は、その後も同病院に通院したが、昭和六一年三月四日付で神戸労災病院前之園三郎医師により、本件事故による頸部捻挫の傷害は、「右側頚部に縦走する線状の手術はんこんを認める。両手指筋萎縮はみられないが、両尺骨神経領域・両大腿から下腿にかける知覚鈍麻を訴える。両上・下肢腱反射昂進のため、ホフマン反射陽性である。自覚的には、両手指のしびれ感と両大腿から下腿にかけてのつつぱり感を訴える。X線所見(昭和六〇年一二月一七日施行)では、第四・第五・第六椎体塊状相形成を認める。」の後遺症を残して昭和六一年二月二八日症状固定した旨の後遺証診断書(甲第八号証の五)が作成された。原告は、右後遺症につき、自賠法施行令別表第七級に相当するとして自賠責後遺症保険金を請求をしたところ、自賠法施行令別表第一二級一二号として金二〇九万円の認定を受け、これに対し、原告は、右診断書等を資料にして異議申立したが、昭和六一年九月五日、前認定どおりの認定となつた旨の通知を受けた。

(二)  昭和六一年四月、原告は神戸東労働基準監督署長に対し、右後遺症につき、通勤途上の労災事故であるとして、障害補償給付金等の請求をしたところ、同署長は、原告の右後遺症のうち、頸椎の運動障害は労働者災害補償保険法施行規則別表障害等級表(以下「労災等級表」という。)第八級の二に、両上肢及び両下肢の神経症状はそれぞれ同一二級の一二に該当するので、併合繰上により、全体として同表第七級に該当する旨判断し、右判断に従つた給付金の支払をした。

4  第一事故、第三事故及び症状経過

原告が、昭和五〇年二月、歩行中後方から車に衝突される交通事故(第一事故)に遭遇し、その治療として、頸部の治療を受けたこと、昭和五九年四月七日、市バスに乗車し座席に座ろうとしていた原告が、バスが動き出したため後方に倒れ腰を打撲する交通事故(第三事故)に遭遇したこと、原告は、第三事故につき自賠法施行令別表第一四級の後遺症保険金を受領したことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に前掲乙第五、第一一、第一七号証、成立に争いのない乙第七号証の一ないし三一、原告の昭和五四年一二月六日に撮影された原告の頸部のX線写真であることにつき当事者間に争いがない検乙第一号証、証人横山良樹の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の約三年半前に第一事故に遭遇したこと、第一事故により頸椎捻挫の傷害を負い、本件事故までに症状固定したが、後遺症が残存し、右後遺症により自賠法施行令別表第一四級の認定を受け、その自賠責後遺症保険金を受領したこと、原告には、昭和五〇年一二月には耳鳴りの症状が、昭和五一年六月には右上肢痛・しびれ感が出現し、ホフマン反射がプラスであつたこと、原告は、同年八月一九日から「頸椎骨軟骨症」の病名で神戸労災病院で治療を受けていること、本件事故当日である昭和五三年七月一二日の神戸市立中央市民病院における診断では、原告は、他覚的には従来と特変なく、X線検査により、頸椎骨軟骨症が指摘されていること、原告には、昭和五四年四月には左下肢痛が、同年七月にはインポテンツ、反射昂進が、同年一一月には両下肢にしびれ感が、同年一二月には、X線上頸椎四番五番六番の各椎間の椎間板の後方に棘突起(骨棘)が、昭和五五年四月には右上肢痛・しびれ感昂進が、同年四月には歩行時左下肢倦怠感がそれぞれ認められたこと、前記の各診断書中、労災認定のため作成されたものと窺われる神戸労災病院作成のそれ(乙第六号証の一ないし五)には、負傷年月日として「昭和五〇年二月」との記載がなされていること、第三事故により原告は腰部打撲傷の傷害を負い、右傷害は昭和五九年一〇月三〇日「歩行時特に長途歩行時の腰痛」の後遺症を残して症状固定し、原告は、右後遺症につき、自賠法施行令別表第一四級の後遺症保険金を受領したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  頸椎軟骨症の病理及び横山所見

いずれも成立に争いのない甲第四、第五号証、甲第九号証の一ないし三、証人横山良樹の証言並びに鑑定人横山良樹の鑑定の結果によれば、次の事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  頸椎骨軟骨症は、「変形性脊椎症」、「頸部脊椎症」、「脊椎骨関節症(炎)」など種々の名称で呼ばれる疾患であり、「まず、椎間板の変性が生じ、二次的に周囲組織の変化特に椎骨各部の骨棘形成や骨関節症を招来する加齢に伴う退行性病変である。」と定義された疾患である。X線上の骨変化も長期間の時間の経過によつて生じるものがそのほとんどである。外傷が誘因となり、あるいは症状を増悪させることはありうるが、その例は少なく、その場合は、当該外傷により頸部に明白な症状が発生するはずである。

(二)  鑑定人医師横山良樹の鑑定の結果及び同人の証言による同医師の所見(以下「横山所見」という。)は、次のとおりである。

鑑定事項 本件事故による原告の後遺症は自賠法施行令別表第何級に相当するか?

鑑定結果 第一二級に相当する。

原告のX線上の骨変化は、右頸椎骨軟骨症の病理から一般的に考えて、本件事故により生じた変化とは考えにくい。原告は、昭和五〇年二月に第一事故にて頸部捻挫の診断を受け、頸部運動痛があり、後遺症第一四級の認定を受けていること、昭和五一年六月ころには、右上肢にしびれ感出現との記載のあること、同年八月一九日から頸椎骨軟骨症の病名で治療をうけていること等によると、この時点で、すでに頸椎になんらかの障害があつたものと考えられる。従つて、神戸市立中央市民病院の頸椎骨軟骨症は本件事故以前の既往症であると考えるのが相当である。そして、本件事故直後、特段頸部の症状に変化はなく、その症状が徐々に進行して(右症状増悪に対する本件事故の寄与度は一〇パーセント未満である。)、原告は、昭和五七年七月二二日、神戸労災病院において、頸椎の第四、第五、第六間の前方固定術を受けていることに鑑みると、神戸東労働基準監督署の認定(甲第三号証)は、〈1〉頚椎の運動障害につき労災補償保険法第八級の二「脊柱に運動障害を残すもの」に相当し、〈2〉「上下肢の神経症状を残すもの」一二級と合わせて七級となつているところ、右〈1〉は、本件事故以前から存在した一連の運動障害に対して行つた前記前方固定術によるものとかんがえるのが妥当であるから、本件事故による後遺症と認めるのは相当ではなく、本件事故による後遺症としては、〈2〉につき、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第一二級一二号に相当するものと判断するのが相当である。

三  右二認定事実を前提に、原告が本件事故により被つた後遺症の内容・程度について検討する。

横山所見は、原告と同種患者の臨床例を日ごろ取扱つている研究者医師の平均的判断と認めるべきものであるから、前面的に採用すべきものである。

そして、原告は、本件事故前から、頸椎骨軟骨症の傷病名で治療を受けていたこと、事故当日原告を診察した神戸市立中央市民病院の医師の診断によると、本件事故による傷害としては腰部打撲のみをあげ、頸部の症状(もつとも、後頭部痛以外の頸椎捻挫の症状がいかなるものであつたかは必ずしも明らかでない。)は頸椎骨軟骨症によるものと判断されていること、頸椎骨軟骨症が、加齢に伴う椎間板の変性及びその周辺組織の二次的変性による退行性病変であつて、前認定の原告の症状経過に鑑みると、本件事故により生じたものとは考えられず、かつ、本件事故による衝撃により、右頸椎骨軟骨症の症状の明らかな増悪があつた形跡は窺われないこと、原告の後遺症のうち、脊柱の運動障害は、前認定の頸椎前方固定手術によるものであるところ、右前方固定手術は、原告に本件事故前から存在しその後時間の経過に伴つて症状の悪化した各種運動障害に対する根治手術としてなされたものであること、横山所見によると、本件事故の原告の頸部症状悪化に対する寄与度は最大限一〇パーセントを越えることはないこと等前認定の諸事実を総合勘案すると、右前方固定手術に基づく脊柱の運動障害を本件事故による後遺症と認めるのは相当でなく、従つて、結局、原告は、本件事故により両上肢・両下肢の神経症状の後遺症を被り、その程度は、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、自賠法施行令別表第一二級に相当する程度のものと認めるのが相当である。

四  以上のとおり、原告は、本件事故により、自賠法施行令別表第一二級に該当する後遺症を被つたものと認めるのが相当であるところ、請求原因4の事実(本件後遺症について自賠法施行令別表第一二級第一二号に該当するとして自賠責後遺症保険金二〇九万円の支払がなされたこと)は当事者間に争いがないから、原告の本件請求は理由がない。

五  よつて、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉森研二)

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